二丁目大幟

 

とにかく、大きい。

写真は、明治7年に作られた本物。
このレプリカが、実際に本町二丁目の街路に立つのです。

およそ80余年ぶり、とのこと。

 


 

明治7年(1874年)8月に作られた五反のぼり。
頼山陽の第二子・頼復元(号 支峯、字 土剛)によって書かれた。
詩人・書家として活躍し、明治29年没(69才)。

 

護 国 錫 盈 豊

臨 民 降 福 澤

 

町会の蔵には和紙に墨痕鮮やかに揮毫された厚紙が、幟に仕立てられた文言とは別に残されており、支峯の鮮やかな筆力が現在も見るものに迫ってくるようである。

また、蔵には彫物箱が3箱あり、箱書きに
紀元二千五百三十四年明治七年「降阿呼龍 幟杬木鼻」
と墨書された幟元の杭を飾る龍の彫物一対が保存されている。