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桐生新町の周囲には、水田が無い。
麦畑も無い。
江戸時代、いや、もっと昔から無いらしい。

桐生新町は、食料を作る町ではない。
身にまとう美しいものを作るための町なのである。
あらかじめ、そういうサダメをもって生まれて来た。

水田があれば、水田の神、稲の神を祭るのであろう。
おのずから、
祭の時期は、田植えの春、
もしくは実りの秋になっていたかもしれない。
桐生の祭は夏祭。
人が集中している都市
そこで疫病が流行らないようにとの願いを込めたのが始まりという。

疫病を退散させるためには
それこそ、ひょっとこ・おかめの出番ではなく
猛々しいエネルギーの存在が欲しくなる。

桐生の夏には、龍があふれかえる。
祭礼屋台、鉾をはじめ、会所の屏風にも男たちの衣裳にも。
それは、桐生の龍。
桐生という町のなりたちが育んだ、祈りの龍たちである。

写真は桐生本町二丁目大幟の足元を飾っていた
「木鼻(きばな)」の龍。